流山電鉄今昔物語

ねね
常磐線馬橋駅から延びる短い私鉄路線、それが馬橋ー流山を結ぶ総武流山電鉄です。全線5,7キロ。しかし首都圏の発展とともに沿線には家が立ち並び、大きく変貌した路線でもあります。
 私がここを訪れたのは1972年の10月のことでした。まだ電車の牽く混合列車なども見られ、通勤路線化が始まっていたとは言え長閑な路線でした。車両は全車釣り掛け車。閉塞はタブレット使用・・・・今は昔のことになってしまいましたが 
 ところでこの鉄道を訪問した時、馬橋から撮りはじめ流山についてフィルム交換。二本のフィルムがあるはずなのに一本が見当たりません。えええっ〜・・・必死に探すものの行方不明。他にも行方不明のフィルムが多数あり、今はただただ泣くばかりです(涙)
 そんな状況でしたが、幸い一次休車の昔の幸谷の写真と、地元に移り住んでいるカモから最近の画像を提供いただき、何とかまとめ上げることができました。偏りのあるシーンばかりですが、変化の様子ご覧下さい。
ねね


1972,10 流山駅に停車する1101 かなり改造されていますが元々は京急400形    By松原遊士

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2003,8   流山駅 駅構内配線などは変化がない 後ろの工場もほぼそのまま Byカモ
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総武流山電鉄の歴史は、1915年馬橋ー流山間に762ミリの軽便として開通したのにはじまる。その後流山鉄道と改称の上1923年には1067ミリに改軌、国鉄との間に貨物の直通も始まりました。昔の流山は江戸川を利用した物資の集散地として栄えた町であったが、鉄道による輸送が中心になると次第に水運は廃れ、町も寂れていく状態となり、ここに鉄道開通の運びとなったのである。その後流山鉄道は1949年、国鉄より電気の供給を受ける形で電化、1951年には流山電気鉄道と改称、その後1967年に流山電鉄、1971年に総武流山電鉄と名前が変わり現在に至っている。
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1972、10   流山駅構内で物置がわりになっていたキハ31  1933年汽車会社製のガソリンカー 
エンジンはフォードのものを使用していた  1963廃車                              By松原遊士


2003,5      流山運動公園の保存されたキハ31。キハとはいうもののその末期は付随車に改造        されていて、その状態で保存されています。                By カモ


1972,10   これはモーターカーでしょうか 素性がよくわかりませんでした。   By 松原遊士


1972,10     1952森工業製の凸形DL  馬橋の入れ替えなどに使用されていましたが訪問時は
         動いてはいないようでした                   By 松原遊士


1972,10  流山の車庫で休む車両たち  手前の105は1931年汽車会社製で元南武のモハ113。
その後国鉄を経て1955年入線 1979年に廃止された      By 松原遊士

めめ


1972,10        この車庫も建物自体は変わったものの今も位置はそのまま
            車両は元南武の15メートル車100形            By 松原遊士

もも


1972,10    駅右手の土手の上から 側線にあるキハ31も見えます。 By松原遊士
車両は1001 1927年日車製の元西武デハ1231その後幾多の変遷を経て1963年に入線した

もも


2003,8               現在の流山駅 駅はホームに上屋ができたもののあまり変わりなし
                     後ろの町並みもあまり変化はないようです                          By カモ
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順番は逆になりましたが、次ページには大きく変わった幸谷近辺を展示しています。それにしてももう一本のフィルムがあったら、途中の様子ももっと紹介できたのですが・・・残念です。
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